1950年に行われた総選挙の結果保守連立政権が発足するが政局は安定せず、翌年1951年に選挙制度を最大与党に有利に改正して行われた選挙によってようやく政局は安定し、1952年にはNATO加盟を果たし、1953年には隣国のユーゴスラビア及びトルコとの間に三国親善条約と同盟条約が結ばれ、外交的にもようやくの安定をみた。
1950年代の後半になると、キプロスを巡ってトルコとの対立が激化するが、ギリシャ自体は順調な経済成長を続け、1951年から1964年の間に国民平均所得はほぼ4倍になるというという急速な成長を成し遂げる。
国王と対立したカラマンリス首相の辞任をきっかけに総選挙が行われ、中道勢力と左派勢力が躍進、一旦は中道連合(EK)を率いるパパンドレウが首相に任命されるが、他党との連立を拒んだパパンドレウは再び総選挙を行い、1964年、中道連合(EK)は過半数を獲得した。 パパンドレウ政権は教育制度改革等の内政面で功績を挙げるが、軍の制度改革に失敗してパパンドレウ首相は国王コンスタンティノス2世によって辞任を要求され、国王はアメリカ合衆国の支援の元に中道諸派の連合による新政権を確立させるべく、1967年、総選挙を準備した。 しかし、選挙の結果中道派政権が確立されることによる発言権の低下を恐れた軍部が陸軍将校を中心としてクーデターを起こし、結局アメリカが軍部の独裁体制を容認したため、国王の反クーデター行動も失敗、コンスタンティノス2世は国外に亡命した。
1968年には憲法が改正され軍事独裁政権が確立する。軍部は国内の批判勢力に対して激しい弾圧を行い、前首相パパンドレウを始めとして多数の著名人を国外に追放した。欧州各国からは軍部独裁政権に対して厳しい批判が向けられたが、ギリシャは地勢的にNATOの要であるとしてアメリカが軍事独裁政権を擁護・支援したため、ギリシャに対して実行性のある圧力が加えられることはなかった。
1970年代に入ってギリシャの国内経済が悪化すると、軍部の独裁政権に対する国民の不満が増大し、学生により大規模なデモなどの抗議行動が活発化する。 軍事独裁政権の首班であったゲオルギオス・パパドプロスは大統領制を導入するなどの政策を行うが、国内経済が回復しないこともあって国民の抗議行動は収まらず、1973年、学生デモ隊による大学占拠に対して実力鎮圧を行った結果多数の死傷者を出したことで独裁政権の基盤が揺らぎ、パパドプロスの腹心で秘密警察長官であるディミトリス・イオニアデスがクーデターを起こし、パパドプロス大統領は失脚した。
その後、パパドプロス政権の閣僚であったフェドン・キジキスが名目上の大統領に選ばれて軍部の独裁体制は続くが、1974年にギリシャが支援したキプロスでのクーデターが失敗に終わり、海軍と空軍が陸軍と秘密警察に対して態度を硬化させる。結果、軍事政権の中核を占めていた陸軍と秘密警察は孤立し軍部の独裁体制は崩壊、キジキス大統領は国内の諸政治勢力と協議してフランスへ亡命していた元首相カラマンリスに帰国を要請、帰国したカラマンリスを首相に指名した。
1974年11月11日に行われた軍事政権崩壊後初の選挙の結果カラマンリス率いる新民主主義党が多数の議席を獲得して与党となり、次いで行われた国民投票により君主制は廃止され共和制となることが決まった(ギリシャにおける民主主義の回復については、活動的な役割を担ったアレクサンドロス・パナグリスも参照)。
1975年には憲法が再改正され、1977年の選挙の結果左派勢力の伸長があったものの政局の混乱は発生せず、ギリシャの政局は以後安定化する。1981年に欧州共同体 (EC) の10番目の加盟国となった。
1980年代にはNATOと欧州共同体 (EC) への加盟に批判的だった野党、全ギリシャ社会主義運動(PASOK)が選挙の結果過半数を確保して与党となり、社会主義政権が誕生したが、大きな外交政策の変更は行われず、NATOとECへの加盟は続行されたままギリシャは引き続き西側諸国の一員として冷戦の終結を迎える。
2004年には1896年以来108年ぶりに首都アテネにおいて2回目の夏季オリンピック(第28回アテネ大会)が開催された。
2007年8月22日には、170ヵ所以上の地点において山林火災が発生、猛暑で40度に達する気温と乾燥、強風のため被害が拡大し、少なくとも63人が死亡した。
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